高市早苗議員は世襲ではありません。
父親はメーカー勤務、母親は奈良県警勤務のサラリーマンでした。
兄弟は弟が一人いて、議員秘書です。
この記事では、高市早苗議員の家族(両親、弟)について深堀してご紹介します。
▼この記事でわかること▼
高市早苗の両親(父母)はサラリーマン
高市早苗の弟は議員秘書
高市早苗の家族の顔写真
高市早苗の親(父母)と弟の職業に顔画像は?
父親・大休(だいきゅう)はメーカー勤務
母親・和子(かずこ)は奈良県警勤務
弟・知嗣(ともつぐ)は自民党本部職員 → 議員秘書
高市早苗さんは奈良県生まれで一般家庭の出身です。
ご両親は共働きのサラリーマンなので、弟さんの面倒を母親のように見ていたそうです。
その弟さんは現在、高市早苗議員の秘書をしています。
両親の職業
父親・大休さんはメーカー勤務のサラリーマン、
母親・和子さんは奈良県警勤務でした。
高市早苗さんは選挙資金の調達に苦労したようですが、父親の退職金も含めてそろえることができました。
そんなある夜、家族が寝静まった後に帰宅いたしますと、キッチンのテーブルの上に父からの手紙が置いてありました。
「俺の退職金は、選挙費用の足しに全部使ってよい。イライラせずにやれ。自信を持って!握手とお辞儀を忘れるな。気楽にやれ。」父の手紙を抱き締めて泣きながら、出馬する決心を固めました。
引用元:衆議院本会議
このときに出馬した1993年の衆議院銀総選挙にて、トップで初当選しました。
弟の職業
6歳年下の弟・知嗣さんは、自民党本部の職員 → 高市早苗の秘書 → 山本拓の秘書 → 高市早苗の秘書と国政の仕事をしています。
弟さんは、国政の仕事に高市早苗さんよりも前に携わっていました。
弟さんが議員秘書になったのは、高市早苗さんの政治活動スタートと同じ頃です。
高市早苗さんが政治活動を始めるために東京での仕事を辞めて奈良県に戻ったとき、弟さんはそれまで勤めていた自民党本部の職員を辞めて、高市早苗さんのサポートを始めたからです。
それ以降、弟さんは議員秘書として働いています。
父親の写真
高市早苗さんの父親・大休さんの写真がありました。
左に映る高市早苗さんが1歳のときの写真です。
1962年なので、父親は27歳の頃ですね。
母親と弟の写真は見つけることができませんでした。
高市早苗の家族構成を調査!
家族構成は4人
父・大休(だいきゅう)、母・和子(かずこ)、弟・知嗣(ともつぐ)
高市早苗さんは両親と弟一人の4人家族です。
ご両親ともに、高市早苗さんの政治活動に反対することなく、そっと応援してくれていました。
家族構成
父・大休(だいきゅう)、母・和子(かずこ)、弟・知嗣(ともつぐ)の4人家族です。
高市早苗さんの両親が共働きだったため、6歳年下の弟・知嗣さんのお世話を高市早苗さんがしていました。
父親・大休さんは、2013年5月5日に79歳で他界されています。
高市早苗さんが政調会長として活躍している時期で、死に際に会うことはできませんでした。
2015年の母親・和子さんの入院がきっかけで、病院の電波の課題を知ることもありました。
【課題】
母親が入院した病室がナースステーションから遠いため、心拍数や呼吸数の情報を送る「医用テレメータ」の電波がナースステーションまで届かない
全国各地の病院でも、「医用テレメータ」「無線LAN」など電波に関連するトラブルがあることがわかる
2016年に、『電波の安全な利用のための手引き』として解決策をまとめ、病院の通信インフラの改善につながっています。
母親は2018年4月17日に86歳で他界されています。
最後に
『高市早苗の親(父母)と弟の職業に顔画像は?家族構成を調査!』と題してご紹介しました。
父親・大休(だいきゅう)さんはメーカー勤務のサラリーマン
母親・和子(かずこ)さんは奈良県警察勤務で共働き家庭だった
6歳下の弟・知嗣(ともつぐ)さんは議員秘書
高市早苗さんは一般家庭の出身で二世議員ではありません。
さらには無派閥ですが総務大臣など要職に就いていまし。能力が高いのでしょうね。
最後までお読みいただきありがとうございました。